雪によって列車の走行が乱れるメカニズムを探る
宮本 岳史
理工学部 総合理工学科
教授 / 博士(工学)
鉄道車両の運動と機械力学の研究室
鉄道車両脱線事故の原因として、自然現象が大きな割合を占める。列車の安全運行を支える技術を研究する宮本岳史教授は、その中でも雪による影響に着目。学生が製作した実験装置を使って、積雪中を走行する列車に走行抵抗力が働くメカニズムを解明しようとしている。
列車脱線事故の原因を分類し
自然現象の影響に注目
鉄道車両脱線事故は、人やモノの移動を滞らせるだけでなく、多くの命を失わせる危険をもたらす。それを未然に防ぎ、安全な運行を支える技術開発が日々進められている。
運輸安全委員会が公開している鉄道事故調査報告書によると、日本では2001年以降(2024年5月27日時点)、211 件の鉄道の列車脱線事故(新交通等除く)が発生したことが報告されている。宮本岳史教授は、この報告書から脱線事故の原因に関係するキーワードを抽出し、14種類の事故原因に分類・整理した。
その結果から、脱線事故の原因は、踏切(53件)、障害物(43件)、軌道(33件)、雪(24件)、乗り上がり(20件)の順で多いことが明らかになった。「各事故原因をさらに詳しく分析すると、例えば『障害物』の中に含まれる『石の乗り上げ』や『倒木乗り上げ』、『土砂乗り上げ』といった脱線原因は、元をたどれば雨や風などの自然現象に起因する場合が少なくありません。そこで自然災害も原因に加えて211 件の列車脱線事故の原因を再分析すると、自然の影響(32.7%)が踏切(25.1%)を上回り、第一位を占める結果になりました」
宮本教授は25年以上にわたり、民間の鉄道総合技術研究所で特に「乗り上がり」に焦点を当てて研究してきた。「研究開発が進んだ結果、『乗り上がり』による脱線事故は、近年減少してきています。しかし自然現象による事故は、車両や鉄道の改善では防ぎきれないところがあり、技術開発や開発投資が進んでいない現状があります。こうした鉄道会社などでは手をつけられないテーマこそ、大学で研究する意義があると考えています」と言う。
模型車輪を使って
雪による走行抵抗力を計測
宮本教授は、列車事故の原因になりやすい自然現象の中でも「雪」に着目。最近の研究で、学生とともに模型を使った実験を行い、雪によって鉄道車両に走行抵抗が発生するメカニズムを明らかにしようと試みた。
「降雪や積雪によって列車の走行が乱れ、脱線などの事故が起こるのは、車輪とブレーキの間に雪が挟まることでブレーキ力が低下したり、車輪とレールの間に雪が入ることで駆動力やブレーキ力が低下したりすることが原因です。これらの問題を鉄道分野では、粘着力やクリープ力と呼ばれる接線力が低下してしまうことにあると考えられています。また車両が雪を押しのけながら走行するときは、雪のない時と比較して、車輪に作用する走行抵抗力が大きくなると考えられます」と言う。宮本教授はこれらの仮説を検証するために、学生が製作した小型走行実験装置を用いて積雪中を通過する模型車輪に作用する走行抵抗力を計測した。
まず自然雪の代わりの模擬雪としてクルミ粉体と硅砂を選定し、自然雪とともにそれぞれの走行抵抗力を計測。その結果から、レールを走行する車輪は、雪があることによって、雪がない状態よりも走行抵抗力とすべり率の値が増加することが分かった。「雪の水分がすべり率を高くする要因だと考えられます」
続いて、レール上を転がる車輪に作用する走行抵抗力として、「模擬雪をかき分ける力[図1]」の測定実験を行った。「前面投影面積(前方から見た時に見える面積)が等しい模型車輪と平板に作用する走行抵抗力を測定したところ、クルミ粉体の積雪が高くなるのに従って、模型車輪に作用する走行抵抗力が大きくなりました。その値は、平板に作用する走行抵抗力の6~ 10倍にもなりました」。前面投影面積が同じであるにも関わらず、走行抵抗力に差が生じた理由を宮本教授は「車輪の方が平板よりも模擬雪との接触面積が大きいこと、それ以上に車輪がレール上に雪を踏みつけるのに力を要するため」と分析する。
雪を踏みつける力を計測し
車輪回転の抵抗モーメントを算出
そこで、万能試験機を使って車輪が回転しない静的な状態で、雪を踏みつける力を測定した。レール上にクルミ粉体を撒いた状態と、撒いていない状態で模型車輪に50N(ニュートン)作用した時の車輪変位の差を比較したところ、積雪高さ5.0㎜程度までは車輪・レール間に挟まるクルミ粉体の量は積雪高さに応じて増えていく。だが5.0㎜を超えると、押しつけている最中にクルミ粉体が外側へと逃げていき、車輪変位にバラつきが生じたという。
さらに静的踏みつけ力の測定結果から、距離に対する車輪作用力を算出し[図2]、車輪が転がり進む際に車輪前半分で車輪の回転を抑えるモーメントの値を求めたところ、積雪が高くなるにつれて車輪回転抵抗モーメントも増加すること、また静的な踏みつけ力は走行抵抗力の4割程度に相当することが明らかになった[図3]。
今後は車輪に生じる摩擦力や動的な踏みつけ力、車輪軸などのベアリング抵抗力といった、走行抵抗発生の別の要因と考えられる力についても検討していくという。宮本教授らの研究が、降雪・積雪時の安全な列車運行に役立つ重要な知見を提供していくことになる。
宮本 岳史
理工学部 総合理工学科
教授 / 博士(工学)
鉄道車両の運動と機械力学の研究室
専門分野
機械力学
キーワード
車両運動、鉄道車両、走行安全
研究室HP
鉄道車両の運動と機械力学の研究室教員情報
明星大学教員情報 宮本 岳史2024年7月掲載
*内容・経歴は取材もしくは執筆時のものです。