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建築学部

女性構造技術者が考える「かわいい」とは?

松尾 智恵

建築学部 建築学科
准教授
構造デザイン研究室

構造は、建物を安全に支えるための骨格として、建築になくてはならないものである。構造デザイン、空間構造を専門とする松尾智恵准教授は「かわいいシェルワーキンググループ」を率い、その活動を通して、さまざまな分野から「かわいい」モノを発見。自らもメンバーらといっしょに「かわいい動く機構」をデザインし、その可能性を探っている。

メインイメージ

アート、プロダクト、ファッションから
「かわいい」モノを発見

住宅から高層ビル、さらには競技場にいたるまで、あらゆる建物は安全かつ丈夫で、快適に使えるものでなければならない。その「かたち」を支えるのが、建築構造である。「構造技術の歴史を振り返ると、より少ない材料でより大きな空間を創造するために、力の流れの効率や生産性、経済性が重視され、緊張感のある美しい『かたち』が追求されてきました」。そう説明するのは、松尾智恵准教授だ。彼女は、実務を通じて培ってきた多くの設計経験や技術力を武器に、構造設計、構造デザイン、空間構造、構造最適化に関連する研究を手掛けている。構造原理模型の製作や実験を通じて実物からその特性や挙動を観察することによって本質的な理解を深めることを特に大事にしているため、彼女の研究室には興味深い構造模型がそここことならんでおり、近年、再構築した薬師寺西塔の縮尺1/10模型(1979年、法政大学川口衞研究室製作)もその一つである。

薬師寺西塔の縮尺1/10模型(1979年、法政大学川口衞研究室製作)
薬師寺西塔の縮尺1/10模型(1979年、法政大学川口衞研究室製作)

昔から営々と続いてきた構造体の合理性を第一とする考え方から一旦はなれて、新しい観点から「かたち」を考えてみよう。松尾准教授らは、これまでにない建築構造を創造するヒントを得るために、より身近なモノに目を向けてみた。中でもユニークなのは、「かわいい」という視点を取り入れたことだ。「スケールを小さくすると、支えなければいけない力の大きさもそれに伴って小さくなります。そうすると、合理性の極致を求める必要がなくなり、『あそび』を取り入れるゆとりが生まれます。このゆとりの部分に『かわいい』という感性を加えたら、新しい『かたち』を創造できるのではないかと考えました」と言う。

2020年、シェル・空間構造運営委員会内にワーキンググループ「かわいいシェルワーキンググループ(WG)」が発足された。構成メンバーは国内外から、大学や設計事務所、建築関係の企業に勤める女性6名だ。活動は、メンバーの感性の赴くままに「かわいい」と感じるものを探索することから始まった。対象は建物に限らず、アートやインダストリアルデザイン、ファッション、おもちゃ、さらには細胞レベルのミクロの世界まで、あらゆるものに及んだ。「その中から『かわいい』を表現する共通項として、➀小さい、まるっこい、➁淡い色、➂完全でないもの、➃ふわふわ/ひらひら、➄ 擬人(擬態)的なものという五つの傾向を見出しました」。

この五つの中で、最もメンバーたちの興味を引いたのが、「擬人(擬態)的なもの」だった。「例えば、しっぽクッションと呼ばれるロボット『Qoobo』は、撫でるとしっぽがゆっくり動きます。その様子がかわいらしく、心癒されます」。松尾准教授らは、こうした「動き」や「変化」に着目して、数多くの事例を調査した。

かわいいシェルワーキンググループ(WG)活動報告動画

「かわいい」動く機構を考案し
形状変化をモデリング

かわいいシェルWGは、動く仕組みの「かわいい」モノを調査しただけでなく、自ら「かわいい可動機構」のかたちの創出にも挑んだ。

正方形というシンプルなかたちを取り上げ、その平面の一部が局所的に上へ向かって立ち上がることで、相似形を保ちながら、拡大・伸縮するユニットである。

「正方形の平面に折り目を入れ、山折り、谷折りの配置のしかたによって、幾何学が立ち上がった際にかわいい『かたち』が表れます。手裏剣のような形をした星型。四つの花びらが表れる花型。花型の案を発展させて、幾何学が立ち上がる際に中央の正方形が自然とねじれる動きを示す花ねじれ型など、多数の可動する『かたち』を考案しました。続いて、幾何学や形の変化の推移を把握するため、三次元モデリングツールでデザインの動きをモデリング。花型においては、外形と中央にある小さい正方形の一辺の長さの比率や、外形の正方形に対する中央の正方形の回転角度を変化させたさまざまなパターンを比較してみました」

「かわいい可動機構(花型)」の9 種類の形
「かわいい可動機構(花型)」の9 種類の形
三次元モデリングツールRhinoceros のビジュアルプログラミング言語ツールGrasshopper を用いて動きをモデリング
三次元モデリングツールRhinoceros のビジュアルプログラミング言語ツールGrasshopper を用いて動きをモデリング

さらには、同じ形状をしたユニットを平面状に複数つなげて、大きな平面が拡大伸縮する可動機構の提案まで行った。松尾准教授は現在、考案した伸縮ユニットをキネマティック・タイリングのタイルに統合することができないか試行錯誤しており、他にはない「かわいい動き」を創り出そうと研究を続けている。

廃棄されるカンナくずに着目
構造材の可能性を探る

さらにWGでは、素材としてカンナくずにも着目。住宅などに用いられる建材を作る際、製材の表面を平滑にするため、仕上げにカンナをかける。このカンナがけの工程で木を削る際に出るのがカンナくずだ。大量のカンナくずは、ほとんどが廃棄されているのが現状である。「カンナくずの厚みはわずか0.1 ミリにも満たない、向こうが透けて見えるほど極薄です。光にかざすと、木目のきれいな模様が透けて表れると同時に、木の良い香りがします」。WGのメンバーらはこれに注目し、新たな活用法を模索しようと試みた。

「例えば、透明な膜材にカンナくずを合わせると、本物の木材ならではの質感と香りが生きる新しい膜構造ができるのではないかなど、いろんな可能性を考えています。そのためには、まずは材料としての特性を知ることが先決で、引張強度などの構造特性を検証しているところです」と進捗を語る。こうした研究が、革新的な建築を可能にする新しい構造デザインの創出につながるのかもしれない。

松尾 智恵

建築学部 建築学科
准教授
構造デザイン研究室

松尾 智恵

専門分野

建築構造

キーワード

構造設計、構造デザイン、空間構造、構造最適化

教員情報

明星大学教員情報 松尾 智恵

2024年7月掲載

*内容・経歴は取材もしくは執筆時のものです。