キノコの「おもしろさ」を味わう【教育学部 教育学科 篠山浩文教授②】
おせっかいな研究広報さん
明星 SATOYAMA プロジェクト レポート【取材:研究広報さん】
「明星 SATOYAMAプロジェクト」は 、多摩地域の里山をテ ーマに大学の自然環境を活用し学生や教員が地域の人々と一緒に活動する取り組みです。
今回は、明星SATOYAMAプロジェクト「キノコ ワークショップ+フィールドワーク」での講師のひとり、教育学部 篠山浩文教授に「キノコ」の魅力について語っていただきました。

篠山浩文 教授 (明星大学 副学長 / 教育学部 教育学科 )
農学博士。専門は、カビ、キノコ、雑草、塩、鉱山(金属)など。
困難とされていたスギエダタケの食用人工栽培の条件を突き止めることに成功。
木から化粧品を作るなど発明型の研究テーマは多岐に渡る。
講座での楽しい語り口調にファンも多い。篠山ゼミの学生のユニークな研究テーマも必見。
キノコへのまなざし「無関心」
─キノコを研究対象とし始めたきっかけやエピソードなどを教えて欲しいです。
篠山教授:はい。最初、わたしはキノコのことなんて特に好きではなかったのですよ。
─「キノコのことなんて」ですか。
篠山教授:はい、「キノコのことなんて」ですねえ。公園に生えているキノコを見ても「どうせ毒キノコだろう!」と、思っていましたね。
─どちらかというと嫌悪感があったのでしょうか。
篠山教授:そうですね、嫌悪感というより「無関心」でしょうか。
─なるほど。どのようなきっかけで無関心が人工栽培への情熱に変わっていったのか気になります。
篠山教授:だいぶ後になって、その公園のキノコを図鑑で調べてみたのです。「アミガサタケ」でした。毒キノコではなかった。「なんだ~食べられたのか~!」と。
─図鑑を持った篠山先生が「なんか、ごめんな、今まで…」とキノコに歩み寄っているイメージが頭に浮かぶようです。
キノコへのまなざし「君の名は」
篠山教授:かれこれ30年近くキノコと関わってきましたが、本当のきっかけになったのは「スギエダタケ」です。実験で研究室にいつも籠っていたら当時の同僚に「フィールドワークに行くぞ!」と連れ出されてしまいまして。
─篠山教授は「フィールドワーク」をよくされている印象でした。昔は違ったのですか?
篠山教授:そうなのですよ。それで渋々、山林へ入ったのですね。「薄暗いな~」と思いながら歩きました。すると…
─すると?
篠山教授:殺風景な林の中で小柄で白色の傘を持つキノコと出会いまして「うわ~!綺麗だな~!」と幻想的な姿に感動しました。それで思わず「君の名は?」と。
─(爆笑)
篠山教授:それが「スギエダタケ」です。
─恍惚とするような情景ですね。篠山教授は「アミガサタケ」でキノコと和解して、「スギエダタケ」でキノコに恋をしたのですね。
篠山教授:「スギエダタケ」に夢中になった理由は、「美しさ」や「たくましさ」だけではなく、「美味である」という理由もあったからです。それで食用の人工栽培ができたらいいなと思ってやってみたのが始まりでした。未経験でわからないなりにやってみたのですが、すぐに菌糸が育ってね。ご縁を感じて「これは私が研究しよう!」と思いました。

小柄で白色の傘を持つ
「スギエダタケ」
見た目の美しさだけでなく
実は「味自慢」でもある。
まだまだ名もなきキノコがいる?
─今日はキノコ観察の楽しみ方を聞きたいのですが、キノコは「やたらと似ているものが多い」という印象があります。キノコは全部で何種類くらいあるのでしょうか。
篠山教授:菌類はどれも似ていて採集が困難です。詳しい観察には顕微鏡も必要なのでどれくらいの種類のキノコがあるか残念ながらわかっていませんね。日本には種名のつけられたものが1500種類以上ありますが、実際にはこの2~3倍の種類(4000種類以上)あるのではないでしょうか。
─まだまだ名前のつけられていないキノコがたくさんあるのですね。
篠山教授:キノコを研究していて思ったのは、野外を歩くことの素晴らしさですね。予期しない景色、生物、文化、雰囲気と遭遇するのは楽しいです。ある種の一期一会の世界で湧き立つ発想力は、実験台の前で体を動かしていた頃の比ではなかったですね。
毒きのこ「絶滅危惧迷信」
─篠山教授の論文「学生アンケートから予見される毒きのこ迷信の未来*」を拝見しましたが、調査当時の学生が誤解していたように、私も「美しい色、派手な色をしたキノコを毒キノコ」と思っていました。
篠山教授:テレビゲームの影響が大きいようですね。
─ゲームや漫画などのキノコは「明らかに毒!」という悪い顔をしていますが、タマゴタケのように、見るからに怪しい赤いキノコなのに食べられるという物もあるのですね。
篠山教授:キノコ中毒の減少のためには正しい知識は身に付けてほしいです。

色鮮やかだけど実は食べられる
「タマゴタケ」の幼菌
篠山教授:研究広報さんは、次のような毒キノコ迷信を聞いたことはありますか?
よくある毒キノコ迷信
・地味なキノコは食べられるが、色が鮮やかなキノコは毒(→×)
・煮汁に銀のスプーンをつけて、黒くなるのは毒である(→×)
・塩漬けにすれば毒は消える(→×)
・虫の食べ跡があるものは人間も食べられる(→×)
・縦に裂けやすいきのこは食べられる(→×)
・ナスと一緒に煮れば毒は消える(→×)
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─全部×なんですね。昔の人はこの言い伝えで本当に無事だったのでしょうか。
篠山教授:これらの迷信は今ではほとんど聞かない、いわば「絶滅危惧迷信」のひとつに位置付けられますね。
─「迷信が絶滅の危機にある」という意味の篠山教授の造語ですね(笑)
─そもそも野生のキノコを食べる機会が減っていますよね。私は迷信以前の話で「外に生えているキノコに触るな」と教育された気がしますね。
篠山教授:キノコ中毒が減るのはいいことですが、学生たちが迷信を聞いたことすらない、というのを少し寂しく感じます。親や祖父母からの垂直伝播が減っているからかもしれないと解釈することもできるからです。
*『学生アンケートから予見される毒きのこ迷信の未来』
平成4年からの16年間、当時の明星大学造形芸術学部(現:デザイン学部)の学生のきのこ観を調査するために実施したアンケートをもとに書かれた篠山教授の論文。
アンケート用紙にはキノコのイラストが添えられていることが多く、ゲームキャラクターの存在が学生のきのこ観を形成していると感じるきっかけにもなった。
これはおもしろい!
キノコ観察のすすめ
─キノコ初心者の私ですが、少し欲が出てきたので、ひとつ、見分け方の初歩を教えてください。
篠山教授:1500種類を超えるキノコを見分けるのは難しいですが、昆虫をグループ分けするように(チョウ、トンボというように)分類群の見当をつけるのから始めるのはどうでしょう。
─仲間探しですね。まずはそこからやってみたいです。
篠山教授:目の前のキノコを、じっくり観察しましょう。テングタケの仲間、ベニタケの仲間、イグチの仲間、サルノコシカケの仲間…といった感じで、わかるようになると思います。
─なるほど。最後はぜひ観察のポイントを教えてください。
篠山教授:キノコの基本の部品は5つです。「傘」「傘の裏のヒダ」「柄」「つば」「つぼ」です。イグチの仲間やサルノコシカケの仲間のように、傘の裏がヒダではなく多数の孔(あな)からなるキノコもありますね。
─ふむふむ。
篠山教授:複雑な形状のテングタケには「つば」「つぼ」があり(5つ全部がそろっており)、猛毒を持つ種類も多いです。
─分類をしてみよう、という目的でキノコを観察してみたくなってきました。
篠山教授:実際に外に出てみると、樹種が違えばキノコも違うという発見があると思いますよ。倒木や立ち枯れた木に生えていたり、草地や畑に生えていたり、落ち葉から生えているように見えて実は違ったりします。実際に写真を見ながら説明しましょうか。
─わくわくするコーナーですね。
写真でキノコを見比べてみよう
篠山教授:まずはこちらから。落ち葉から発生した「ハナオチバタケ」です。明星大学構内で発見しました。これは落ち葉を分解するキノコです。地面に花が咲いているように見えますね。

─ピンク色でかわいいですね。落ち葉があるところで探してみたいです。
篠山教授:それが、同じ時期、同じ場所に行っても二度と会えないこともあるんですよ。生えているだろうと見に行っても生えていない。これが野生キノコの不思議でおもしろいところですね。
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篠山教授:これは、公園で見かけた「アミガサタケ」です。

─あ、あの篠山教授がキノコに関心を持つきっかけになった変な形のキノコですね。
確かにキノコっぽくないというか、たんぽぽに挟まれて「私も植物ですけど?」という顔をして生えているように見えます。
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篠山教授:これはサルノコシカケの仲間です。このように切り株や倒木に生えています。

─柄が短くて重なって生えているようなキノコですね。これは見かけたことがある気がしますね。
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篠山教授:こちらはヒメカバイロタケモドキの人工栽培です。

─白いふわふわの綿のようなものが菌糸ですね。この菌糸からある日キノコが出現するなんておもしろいですね。
篠山教授:人工栽培の面白さなのですが、フラスコ内で生えたキノコは、自然界で生えているキノコと姿が違うということがあるのですよ。
─ヒメカバイロタケモドキは自然界ではどのような姿なのですか?
篠山教授:フラスコ内では柄が長いキノコのように生えていますが、採ってきたヒメカバイロタケモドキは柄が短く、切り株から傘が重なって生えているような見た目のキノコです。
─人工栽培したら写真のように生えるのですか?わあ~それは不思議ですね。
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篠山教授:これが人工栽培に成功した「スギエダタケ」です。

─人工栽培に杉のおがくずを使ったんですよね?
篠山教授:はい。成功までに約10年かかりました。学生のアイデアで、各地の杉林を歩いて生態を把握することにより、うまくいきました。
─杉おがくずを使うことで、杉産地の地域資源の活用にもなるのですよね。10年はすごいです。
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篠山教授:こちらは、デザイン学部の萩原先生と理工学部の柳川先生がキノコ農家さんのもとに取材に行った時の写真ですね。菌床栽培のキノコです。

─「食用だ!」という安心感がありますね。食卓で見慣れているキノコです。この培地は何でできているのでしょうか。
篠山教授:これは、おが粉、米ぬか、ふすまなどの栄養源を固めた培地です。
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─花や虫を「食べられるか?」という視点で観察しないのに、キノコには「食べられるのか?」と包丁を突きつけていた気がします。キノコのことも「毒キノコか?」「美味しいキノコか?」と単純に「食」で分類するのをやめようと思いました。
篠山教授:「食」というまなざしは大事ですが、ぜひ、じっくりと観察をして、キノコのおもしろさを味わてください。
─はい。もっと知りたい、わたしもキノコを育ててみたいと思いました。同時に「この沼に入ったら深いな」ということも感じました(笑)
発明型の研究はドミノ倒し
─篠山教授のご研究をみていると、身近な物の可能性をおもしろく探究していくようなものが多い印象があります。杉林の課題、地域で増えてしまっている葛、塩という日本の文化に関わるテーマなど、社会の困りごととの接続が見えてくるのが興味深いです。
篠山教授:地域へ出て行くと「篠山先生、何とかしてくださいよ」と言われることがあるので「なんとかしなくては」と思っていますね。
─求められて始める研究が多いのですね。また、篠山教授の「発見」「仮説展開」「発明」のプロセスが面白いです。「なんでそのように発想したんだろう」と。
篠山教授:発明型の研究では、体を動かせば動かすほどドミノ倒しのように自ずと次なるアイデアが浮かんで来るので、自分の感性を信じ開拓するのが大事たと思っています。自分が感じることから始めた研究が社会につながっていくのはおもしろいですね。
─「まずはやってみよう」は篠山教授の流儀ですよね。
篠山教授:誰でも浮かびそうなアイデアでも、仮に非常識なアイディアであっても「まずやってみる」ことですね。あまり他の研究者の動向を気にしすぎず、学生にも自身の感性を大事にしながら探究活動を楽しんでほしいと思っています。
ユニーク!
篠山ゼミの研究テーマ
─最後に、篠山ゼミの学生さんがどのような研究をしているのか教えてください。
篠山教授:キノコの人工栽培をしたいという学生は多いですね。
学生の研究テーマは
・割れないシャボン玉を作りたい
・食べられる絵の具をつくりたい
・杉おがくずを入れた醤油づくり
・トレミー状の塩の結晶づくり
・地衣類(ウメノキゴケ)染めに挑戦
などですね。
─学生のユニークな感性が研究テーマに繋がっていますね。
篠山教授:専門家ほど先入観が邪魔してやらないようなことを、学生がやってみせてくれるので、わたしも発見があっておもしろいのですよ。
─明星大学ではおもしろい研究ができるよと、学部を越えた学部横断型のクロッシング・プロジェクトがあるよと、もっと広報していきたいです!
キノコにまつわる楽しい冊子ダウンロードできます
『明星SATOYAMAきのこ界隈』
冊子のダウンロードはこちらから
発行 明星SATOYAMAプロジェクト
企画 明星大学デザイン学部 萩原修
デザイン・イラスト 佐藤菜々子
動画のご紹介
今回ご紹介したSATOYAMAプロジェクトは、ぜひ動画でもご覧ください。
明星SATOYAMAプロジェクト 多摩の里山ときのこ 当日映像|明星大学
明星SATOYAMAプロジェクト 多摩の里山ときのこ 取材ドキュメント|明星大学
明星SATOYAMAプロジェクト 多摩の里山ときのこ 取材ドキュメント|明星大学
明星SATOYAMAプロジェクト「キノコ ワークショップ+フィールドワーク」
〔企画〕
・萩原修教授(明星大学デザイン学部)
〔講師〕
・篠山浩文 教授(明星大学 教育学部)
・柳川亜季 准教授(明星大学理工学部)
・塩野麻理 教授(明星大学デザイン学部)
・遠藤 喜夫さん (日野のキノコ農家 パイロットファーム)
「明星 SATOYAMAプロジェクト」とは
ワンキャンパスに9学部1学環が集結した総合大学である明星大学ならではの取り込みとして、幅広い学部の教員や学生が、それぞれの視点や専門性を持ち寄り、掛け合わせながら考える、学部横断型のクロッシング・プロジェクトです。
ひとこと

年月掲載
*内容・経歴は取材もしくは執筆時のものです。