産学公連携事例と注目の研究テーマ紹介 #02【建築学部 小笠原 岳 教授】
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Focus on Research
産学公連携事例と注目の研究テーマ紹介 #02
建築学部 建築学科 小笠原 岳 教授 × 神奈川県 畜産技術センター × 建設メーカー
温熱・空気環境を整え、人や動物に優しい建築設備をデザインする
建築環境工学を専門とする建築学部 建築学科の小笠原岳教授は、最適な空調設備や換気設備を検討し、快適性と省エネルギー性を備えた「温熱・空気環境」を作り出す研究に取り組んでいます。これまで国立西洋美術館の空調や換気に関する調査のほか、人だけでなく、動物のインフルエンザ感染を抑える換気手法の開発や、室内のエンドトキシン濃度とアレルギー症との関係を探る研究など、室内空間における “ 空気の質” を評価・改善して多くの現場をよみがえらせてきました 。
人は人生の大半を建物の中で過ごします。したがって、「室内空間が温熱的に快適であり、また空気質が良好であることが望ましい」と小笠原教授は言います。室内空間を快適に整える際には、各種設備の導入時などに省エネ性能をできるだけ高め、資源を浪費させないことが重要です。このような観点から、小笠原教授は実測や数値流体力学(CFD)シミュレーションにより、建築環境に合わせた空調方式や換気システムなどを研究しています。

建築学部 建築学科 小笠原 岳 教授
木造厩舎の環境をCLTで整える
近年、手がけた大きな仕事として、「馬を救い、人を癒す」をテー マに、人と馬の福祉活動を行う厩舎(きゅうしゃ)・福祉施設「TCC Therapy Park」(滋賀県栗東市)のデザインがあります。

TCC Therapy Park 「撮影:貝出翔太郎氏」
この施設は、引退直後の競走馬を受け入れ、休養や治療を行う日本初の ホースシェルターを常設しているほか、障がいのある地域の子どもたちに向け、乗馬や馬の飼養などを通じて心身の機能を高めるホースセラピーを施しています。「馬主」の顔も併せ持つ小笠原教授は、この厩舎の設計時の環境計画を担当しました。
厩舎の特徴は、直交する板を重ねて接着した新しい建築用木材である、直交集成板(CLT)を構造体に用いたことです 。 断熱性と蓄熱性を持つ木を多用することで、暑さに弱い馬に優しい厩舎が完成しました。厩舎の屋根と壁からの日射を制御するため、外装材に鋼板を使い、CLTを保護しながら通気層を確保して自然換気を促しています。2019年にオープンした同施設は 、同年度の「グッドデザイン賞」と「 第13回キッズデザイン賞」を受賞しました。

TCC Therapy Park 通風環境スタディ

シミュレーションによって環境計画の確認を行なった。
厩舎棟の換気方法は置換換気となるように下部と上部に開口を計画した。
親豚の生産性を高める豚舎の設計も
最近は、神奈川県畜産技術センターや畜産事業者と連携し、豚舎の設計にも乗り出しました。食を支える豚を飼育する豚舎では、子豚の成育に注力することが求められます。豚は馬と違って汗腺が発達していないため、汗をかいて体温を下げる仕組みを持ちません。体温が上昇すると採食行動を減らす習性があり、豚舎では暑熱対策が欠かせませんが、コスト面などの制約から大規模な空調設備の導入が難しいという実情があります。
その上、豚の成育に適した温度は生後間もない新生豚が35℃、哺乳子豚が30℃であるのに対し、母豚などの成豚は18℃と異なります。そこで小笠原教授は、母豚が授乳時に横たわる豚舎の床面を冷やし、さらに母豚に対する放射熱を減らすため、子豚の近くに取り付ける保温箱を工夫するなどの改良に取り組みました。その結果、親豚の飼料の摂取量が増え、子豚の生時体重が大きくなるなど、親豚の生産性が高まることが確認できました 。

授乳期母豚の暑熱ストレス対策として豚舎環境の改善を進めている。
出典:2021年度室内環境学会学術大会
小笠原教授は、「われわれ建築設備に携わる研究者は、人だけでなく、動物に対しても同様の視線を向け、環境の改善に向けて有効な技術を提案していく必要がある」と考えています。現在、“人 も動物も満たされて生きる” というアニマルウェルフェア(動物福祉 )の概念が世界的な潮流になっています。ペットだけでなく、家畜に対しても快適な環境下で飼育することで、ストレスや疫病の低減につながりそ の効果は大きいそうです。
昨今の気候変動に伴う夏場の気温上昇に加え、ヒートアイランド現象の加速により、温熱環境の制御はあらゆる業界で喫緊の課題になっています。小笠原教授はクリーニング工場をはじめ、都市部の中規模工場内の温熱環境に関しても数々の提案をしてきました。その経験から、「最新の設備ではなく、ローテクでも室内環境を十分コントロールできる」と感じており、小笠原教授は「空調や換気についてのプロトタイプモデルをデザインし、さまざまな業界に導入していきたい 」と将来を展望しています。
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