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保存と再生を学ぶ【建築学部 建築史・建築再生研究室】

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研究室レポート【取材:研究広報さん】

明星大学 建築学部
建築史・建築再生研究室 齊藤哲也教授

アダプティブ・リユースとは?

─今回は明星大学建築学部でアダプティブ・リユースの研究をされている齊藤教授に、研究室の様子や課外活動についてお話しを聞きます。はじめに、アダプティブ・リユースについて、聞きなれない言葉なので簡単に説明をお願いできますか?

齊藤教授:はい。「アダプティブ・リユース」は既存の建物を壊さず、古い素材や構造をリスペクトしながら現代性を組み込み、別の用途に適応させることを言います。例えば、古いレンガ倉庫がレストランやホテルになる、旧発電所が現代美術館になるなどです。

─古民家カフェなどもそうですか?オリジナリティあふれるおしゃれな建物が多いですよね。

齊藤教授:はい。古い建物が別の用途に読み替えられる際に生まれる空間が魅力なのです。日本でも古民家カフェなどリノベーションが流行っていますが、その中でも古さを効果的に使って転用するのがアダプティブ・リユースです。私は2000年頃からイタリアのミラノを中心に調査を始めました。

─今でこそイメージがわきますが、2000年頃から調査されていたとはすごいですね。

齊藤教授:建築物の保存や再生について研究を始めたのはイタリアに留学していた1997年からですね。

─当時の日本の価値観からすると、とても新しい考え方だったのではないでしょうか。研究室の学生も再生を学びたい学生が多いですか?卒業設計のテーマを拝見しましたが3~4割の学生が再生設計を選んでいる印象でした。

齊藤教授:そうですね。学生の興味関心は幅広いですが、いわゆる歴史的な建造物だけでなく、集落や古民家、倉庫や工場などの地域や暮らしの中にある既存の建造物などを題材にして、建築再生を深く学びたいという学生は多いです。

ゼミ合宿の様子

齊藤研では毎年一泊二日のゼミ合宿を行っていて

昨年度(11月)は軽井沢へ。

写真は軽井沢コモングラウンズでの集合写真。

保存と再生に携わるうえでの
配慮や理念

─LiT第4号の内容になるのですが、イタリアは歴史的な建造物への深いリスペクトが当然のように根付いていて、日本とは根本的な価値観が違うような印象を受けました。もちろん日本も文化財を守るというような意識はありますが、「イタリアは『壊す』という発想がそもそもない」というお話が面白かったです。

齊藤教授:そうですね。建築物の保存や再生に携わるうえでの配慮や理念があるんです。例えば、古い部位と改修する部位では材質を変え、手を加えた経緯が見てわかるようにする、などです。

─改修箇所がわからないようにするのが良いことだと思っていたので驚きましたが「文化として建築物を継承していく配慮」という視点から考えると納得です。その時代のものは、後から取り戻せないわけですから、よりよい状態で残して次の世代へ繋いでいく、という考えがどんどん広がるといいなと思いました。

齊藤教授:はい。昔の古い建物が身近な日常の中で綺麗に使われ続けていると、少し嬉しいしホッとしますよね。そのためには、歴史的な建物の価値を維持しつつも、新しい技術を取り入れて更新し、最先端の建築であり続けるというのが大事なんです。

─保存と再生ですね。

齊藤教授:「保存」と言われると身構えてしまいますが、古い建物を残す方法や程度はいろいろあって、現代性とのバランスが大事です。イタリアでは当たり前に行われている教育ですが、日本ではまだあまり浸透していないので、古い建物に手を加えるうえでのマナーや魅力的に魅せるポイントなども学生に伝えていきたいと思っています。

─齊藤教授の授業も専門的でおもしろそうでした。

齊藤教授:「建築再生論」という授業もしているので、そこでは建築再生の歴史や理念、制度や計画、設計の考え方など世界中の再生事例を紹介しながら多面的に考えられるよう教えています。

建築は
体験することが必要

─LiT第4号では、青梅の奥多摩渓谷沿いにある日本家屋の「河鹿園(かじかえん)」の調査についてお聞きしました。学生のうちから実務的なプロジェクトに参加できるのは、学生にとっても素晴らしい経験になりますね。

齊藤教授:建築はその場に訪れて体験することが必要ですから、学外でのゼミ活動にも力をいれたいという気持ちがありますね。

─建築学部の学外の活動は楽しそうなのでいつも注目しています。最近のゼミ活動について教えてください。

齊藤教授:はい。最近では、千葉へ建築見学に行きました。写真はクルックフィールズ(地中図書館)です。

齊藤教授:千葉の見学会では、鋸山採石場跡、道の駅保田小学校をめぐりました。

─見に行くのは再生事例ですか?

齊藤教授:再生事例だけでなく、様々な建築を見にいきます。この中では、道の駅保田小学校が再生事例です。道の駅保田小学校は2014年に廃校した後、2015年にオープンした人気の道の駅です。126年の歴史ある小学校で、当時の雰囲気を保存しつつ、レストランやマルシェ、宿泊施設になったりしています。 

実際の再生事例を
齊藤教授に教えてもらおう

齊藤教授:都内では、最近では銀座見学会もしました。         

─わあ、楽しそうですね。銀座は新しいビルとレトロな建物が混在する街というイメージがあります。具体的にどのようなところをまわられたのですか?

齊藤教授:①本の森ちゅうおう②奥野ビル③エルメス 銀座店④Sony Park
⑤ユニクロ TOKYO ⑥ニコラス・G・ハイエックセンター⑦東京国際フォーラム

などです。その中で再生事例として見に行ったのは、奥野ビルと、ユニクロ TOKYOです。

「本の森ちゅうおう」から建築見学スタート

再生事例①奥野ビル

齊藤教授:奥野ビルは、元は銀座アパートメントという高級集合住宅でした。70戸ほどある部屋の多くは、現在はお店やデザイン系事務所などに使われていて、まさにヴィンテージビルです。

─この写真だけでグッときますね。

齊藤教授:知り合いの建築家がこのビルの一室を借りて設計事務所をやっているので、学生たちと突撃訪問してしまいました。

─この廊下の狭さは、新鮮です。

齊藤教授:1930年代に建てられたビルですが、実は2棟が連結して建てられていて、中で繋がっているのです。

齊藤教授:階段室にある窓の外は隣のビルの階段室だったりとエッシャーの絵の中に迷い込んだみたいな不思議な感覚にもなります。

─だまし絵ですね。本当だ!窓の外に階段がありますね。

─階段の隣にこのような階段があるというのは、個人的には不安になりますが(笑)ぜひ実際に行ってみたいです。奥野ビルはエレベータも-有名ですよね?

─かわいいですね。ウェス・アンダーソンの映画に出てきそう。

齊藤教授:このエレベーターの扉は手動式で、きちんと閉めないと次の人が使えないのですよ。

─不便かもしれませんが、価値が高く保存するべきものというのがわかります。

齊藤教授:窓枠もタイルも廊下の幅も設備も何もかも100年前のままですから、テーマパークより面白いと思いますよ。

学生が撮影した1枚。

一つひとつが可愛い。

再生事例②
UNIQLO TOKYO

─UNIQLO TOKYOも話題ですね。

齊藤教授:UNIQLO TOKYOは、1984年にパリスタイルの百貨店として建設された「プランタン銀座」が改装されてオープンしました。

齊藤教授:用途が商業施設のままなのでアダプティブ・リユースではなく、単純なリノベーションですが、スイスの有名な建築ユニット、ヘルツォーグ&ド・ムーロンが改修の設計をしています。

齊藤教授:それまで床や壁の内側に隠されていた荒々しいコンクリートの構造をあえて剥き出しにして新しいデザイン要素として見せています。それまであった床や壁が取り払われた部分は吹き抜けとなり開放的になりました。

─なるほど!この吹き抜けのところは元は床(天井)だったのですね。改めて考えると大胆ですね。

齊藤教授:改修して床面積が減るので「減築」といいます。今まで価値のなかった素材や空間に、新しい価値を見出す作業は宝探しのようで楽しいのです。

─コンクリートの梁はもともと隠れていた部分なんですよね?「無骨でかっこいい!」という印象になりますね。

齊藤教授:さらに、コンクリートの梁に鏡を貼っているので、不思議な演出にもなります。

─なるほど。このエレベーターホールも新築の建物には絶対にないおもしろさがありますね。

齊藤教授:新築の設計とは違った発見や大逆転があるのがリノベーションの醍醐味ですね。

再生事例③
軽井沢コモングラウンズ(Karuizawa Commongrounds)

─昨年度のゼミ合宿では軽井沢へ行ったとのことですが、軽井沢の再生事例もひとつ教えてもらえませんか?

齊藤教授:軽井沢は「軽井沢コモングラウンズ」がおもしろいです。

─軽井沢らしい風景。自然豊かな場所に建つおしゃれな建物ですね。

齊藤教授:約3,500坪(約1.2ヘクタール)の広大な緑地の中に施設が点在している複合施設で、写真にあるのは「軽井沢書店 中軽井沢店」です。

─「リノベーション×本屋」は都内でもおしゃれな場所が多くて私も注目しています。「軽井沢書店 中軽井沢店」の特徴をぜひ教えてください。

齊藤教授:青山学院女子短期大学の旧寮をアダプティブリユースしてつくられているのですが、古い建物のまわりを新しい屋根でぐるっと囲っているのが特徴です。屋根の軒先が弧を描いているのが現代的で格好いいですね。

齊藤教授:カウンターや本棚のところが元々は古い外壁があったところです。天井際をみると、鉄骨で補強されているでしょう。壁が減った分、鉄骨で強度を補っているのです。

─なるほど~!言われないと見過ごしてしまいそうですが、もともとの建物の形を想像してみると、わくわくしてきますね!

齊藤教授:本棚が元々の外壁で、その左側の傾斜した天井部分があたらしく作られたスペースです。

─傾斜の天井からは現代っぽさを感じますね。

─これは2階部分ですね。吹き抜け部分も、元々は2階の床だったのですよね?

齊藤教授:はい。この梁も柱も、元々は天井や壁の中で隠れていて、見えないものだったわけです。

─漠然と「おしゃれな雰囲気だな」と感じますが、再生事例だと思ってまじまじと見てみると、梁や柱の一つひとつに魅了されてしまいますね。

齊藤教授:補強材も古い材と抱き合わせたりして、上手く入れていますね。本棚上部の丸い穴はエアコンの吹出口です。室内も快適でしたよ。

─元は古い建物だから、室内を快適にするためにも様々な工夫がされているのだろうな・・・。

齊藤教授:この建物はガチガチに保存するのではなくで、積極的に手を加えることで、古さと現代性が混在した、最先端の建築になっていますよね。

─「古い素材や構造をリスペクトしながら、現代性を組み込む」というアダプティブ・リユースがよくわかる事例でした。

齊藤教授:僕はこういう再生事例がもっと増えて欲しいと思っています。また数十年後にはどんな姿に再再生するかも楽しみです。

─建築文化に触れるという視点が入ると、日常生活でも、旅先でも、楽しみが増えそうです。教養として建築を学びたいです。

齊藤教授:はい。建築は学べば学ぶほど興味が増してくる分野だと思います。

研究広報:齊藤教授のお話を聞いてから、建物をみる時の視点が増えました。

齊藤教授:建築物は、自然現象とは異なって、人間の営みが深く関わって生み出されるものなので、まちを歩くと、さまざまな時代の人の考えや気持ちが伝わってきます。旅行の楽しみも増えるし、一生楽しめますよ。

─日本でも世代を超えて長く使い続けるという価値がもっと定着するといいなと思いました。

関連記事のご紹介

齊藤教授の研究と研究室の学生はLiT第4号(2025summer)で紹介しています

①齊藤哲也教授
歴史的建造物に新たな息吹を未来の改修可能性も考慮しながら
建築に今日的な価値を与えるアダプティブリユース(公開準備中)

②齊藤研(建築学部 建築史・建築再生研究室)の学生の研究もLiT第4号で紹介しています(公開準備中)

③多摩地域まち歩き 深井准教授×もんでんゆうこさん 連載
LiT第4号「急勾配な地形に対応した造成計画 日野市百草団地」の案内を
百草団地を研究していた、齊藤研の卒業生(当時大学院生)がしてくれています。(公開準備中)

ぜひぜひご覧ください。


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*内容・経歴は取材もしくは執筆時のものです。

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